I went to Bali 13「リタ・ホテルとわたし」

 

数時間後。私たちはKutaに戻っていた。

 

行きはファストボートに乗ってまずギリ・トラワンガン島に渡り、そこから翌々日ローカルボートでギリ・アイル島へ渡ってと3日間を費やした旅が、ギリアイルからの直行便でパダンバイの港まで2時間半。港からピックアップの乗り合い自動車に乗り、その日の午後には私たちはレギャン通りに降り立っていた。

ずいぶん遠くまで旅をしたつもりでいたのに帰りはあっという間。拍子抜けだった。

 

さて。船の中で自分についての想いから、私はKutaに着いたらK織とは少し別行動をしてみようと考えていた。1人で動いてみたかったのだ。

私はK織に今夜から別の宿に泊まろうと提案した。K織にしてもボーイフレドと逢う時間もあるし、ずっと私と一緒じゃない方がいいだろう。

 

それにしてもこれから歩いて条件のいいところを探し回るにしてはもう陽が傾きかけている時間だ。

そこでK織が先乗りして1人でバリに着いた時にFacebookにアップしていたいくつかのホテルに直接行ってみる事にしたが、日本にいる時でさえ道に迷いやすい私、宿探しにはけっきょく心配したK織がついてきてくれた。

 

ホテルといっても滞在日数はまだあと10日近く残っているし、1人で泊まるのだからいままでより割高になる。ポピー通りにある安ホテル、現地で言う「ロスメン」を当たった。

 

1件目は清潔で、内装もオレンジと黒と白を基調とした近代的デザイナーズホテルという感じでK織のオススメだったが、それだけに人気があるらしくその日は満室。それに綺麗なのにこした事はないのだけど、なんとなく近代的過ぎて気も乗らなかった。

 

それよりも、建物の中央に吹き抜けの中庭とプールが設えてある「リタホテル」が気になっていた。レトロな建築様式と中庭のプールのマッチングがとても印象的だったのだ。

果たして行ってみると、前回泊まった時のK織の顔も利いて、想いっきり値切って1泊約1200円ほどで泊まれる事になった。部屋も広く落ち着いた作り。日本では考えられない破格の宿代だ。

 

リタホテルには様々な人種が泊まっているらしく、ヨーロッパ、欧米、その他中国系の人々が入れ代わり立ち代わり姿を見せる。

私の部屋の前には廊下を挟んで中庭を見下ろすウッドデッキがありその共有スペースに幾つかのテーブルとイスのセットが置いてあった。

 

内側にセルリアンブルーのペンキを塗られたプールの中で、1人2人の宿泊客が気持ち良さそうに水底で遊んでいる。それを眼下に眺めているとこのKutaの蒸し暑い午後もいくぶん涼しく感じる。テラスでお茶を飲みながら、ここに来てようやく異国の一人旅の気分に浸ることができた。

 

私は午後いっぱいをこのテラスで過ごし、日が暮れてようやく自分がけっこうお腹がすいてる事に気がついた。

さてどうしよう?

 

安宿だけあってホテルの中にレストランもなければもちろんルームサービスもなさそうだ。もっともこの辺にはいくつも安くて美味しいレストランやワルンもあるので、わざわざホテルで食事をとる宿泊客はいないのだろう。

けれど繁華街の近くでこの辺りは危険なので夜は1人で外出しない方がいいと注意されていた。

これが日本なら知らない街で泊まったとしても、ご飯ぐらいは夜1人で食べに行くことに抵抗はない。むしろ知らない街の知らない食堂に面白い出会いがあったりして、それはそれで旅の醍醐味だったりするのだけれど。

ここは外国。しかも私は旅慣れない異国のオノボリサンだ。

 

取りあえず昼間買ってあった2ℓのペットボトルの水を抱えて飲みながら、今夜は早く寝てしまおうと思った。ドアの外の廊下のベンチに腰掛けながら煙草を吸っていると携帯が鳴った。K織からだ。

「今から行くから。晩ご飯食べてなくない?持って行ってあげる」

30分程してK織とMドゥンが来てくれた。お土産にテイクアウトのナシゴレンの包み。嬉しかった。

程なくして2人は帰り、私はホテル部屋のテーブルの上でナシゴレンを広げた。こちらの友達Sanのオススメだそうだ。1人なのを心配して私の分も買ってくれたらしい。地元の人のオススメだけあって本当に美味しかった。

本当に美味しかったのに何だか味気なかった。

日本から何時間もかけて飛行機に乗ってバリ島まで来たのに、1人になったとたん外にも出れず、ホテルの部屋でテイクアウトのペーパーに包まれたナシゴレンを食べている自分。知らない土地で無茶をするつもりはないけど、それでも少し臆病すぎるなと、自立の第1日目にして早くも自分にため息が出た。

 

 

朝起きて部屋の前のベンチで煙草を吸っていると、カフェスペースでの朝食作りが始まった。リタホテルには朝食が付いている。と言っても薄い食パンにスクランブルエッグを挟んだのとバリコーヒーというセットだけだが、一応手作りだし、朝起きぬけにわざわざコンビニまで行かなくていいので助かった。作ってくれてるのはホテルの従業員だがまだ若い女の子で年を聞いたら18歳だと言っていた。おなじ年くらいのやはり従業員の男の子とふざけてジャレながらパンにスクランブルエッグを挟んでいる。その横で宿泊客のヨーロッパ人の青年が勝手にパンを取り出し勝手にコーヒーを作り、テーブルに持ち帰り食べていた。すでに彼は自分の分は食べ終わっているが配られた量では足りないのだろう、何度もそれを繰り返している。

女の子は少しあきれた顔をしていたが何も言わなかった。

なんとなく客と従業員だからというよりもその青年に人種差別的な横柄さを感じた。

街で見かけたりホテルで会う宿泊客にも欧米やヨーロッパ人が大勢いる。

彼らはよくグループでバカンスに来ている。当たり前かも知れないが、そこに現地の人たちとの交わりをあまり見かけない。人種ごとにグループが別れていてその中でしか会話していない。

この国へ来てから向こうから話しかけてくるのはインドネシア人だけで、大勢いる他所の国の観光客とは同じ空間にいても彼らの視界に自分が入っていないような、妙な違和感があった。

 

人種的な問題?それとも単に箇々の性格によるもの?

答えを出すには、私にはまだ異国での経験がなさ過ぎた。

 

けれど、そんな想いはすぐ別の興味にかき消されてしまった。

 

 

テラスの階段をK織が手を挙げながら登ってくるのが見える。

今日は買い物をしてランチを食べて、夜はバリ島で1番有名なレゲエバーに出かけるのだ。

 

オバケバンガローの薄暗い部屋とプランクトンが波打ち際で光る漆黒の浜辺から、わずか数時間で都会へ戻り、一夜明けてKutaの雑多な繁華街の喧噪の中へと私たちは飛び出して行った。

 

 

 

つづく